1.はじめに
日本の風景写真を撮るとき、いつも気になることがあります。
それは電柱と電線です。時代劇の映画撮影ではなおさらでしょう。
日本全国、どこでも街路樹の代わりに電柱が列を作っています。
現代の日本の風景としては、いまや電柱と電線は欠かすことのできない存在
になっています。近年は電力線のみならず、電話線に光ファイバーが加わっ
て存在感を増しています。
このような日本の景観を、見苦しいと非難する人達がいます。
実は、私も日本の景観を嘆き、電線類の地中化を熱望している者の一人です。
しかしながら、日本の空を覆い尽くしている電線類は、日本の近代化に伴
い、100年余りにわたって築き上げられたものです。詩情豊かな日本の文
化を象徴しているものに他ならない、と言えるのかも知れません。
ならば、現代の景観を擁護する立場に立ち、あらためて実態を見つめてみ
ようではありませんか。
2.海外の景観
はじめに、外国における電線類の様子を探ってみることにします。
まずはヨーロッパから。
残念ながら、ヨーロッパでは空を覆っている電線を眼にすることは困難です。

ドイツ、オランダ、イギリス
フランスなど、市街地はおろか、
郊外でも電柱が列をなしている
光景を見つけるのは困難です。
スイスのような山岳地でも、
ランプ生活をしているわけでは
ないだろうに、電柱と電線は見
当たりません。
←スイスの山岳地(02年9月)

ヨーロッパ各地を駆け巡ったわけでは
ありませんが、日本のように成熟した景
観には、どこに行っても出会えません。
左の写真はミラノからベネチアに向か
う途中の風景ですが、日本とは比較にな
らないほど貧弱と言わざるを得ません。
←イタリア(02年9月)
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ヨーロッパに比べれば、アメリカは存在感を示
しています。(ミシガン州のデトロイト北東部)
しかし、電線の数からすれば到底日本の比ではあ
りません。また、茂った街路樹が電柱の存在感を
削いでいると言えましょう。
←アメリカ(02年7月)
↓

日本を追い上げてきている韓国、中国はどうで
しょうか。
上海の中心部からやや外れた場所で、比較的成
熟した例を見つけました。
韓国はまだ努力不足でしょう。
←上海(04年4月)
↓ソウル近郊(07年2月)

電柱と電線の成熟度の主な判定要素としては、
1.電線の数
2.各電柱における装飾度
3.全国的な広がり度合い などが挙げられるでしょう。
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上海は、線の数はかなり多いけど、まだ
日本には及びません。
電柱における装飾度は、例えば左の写真
のように、腕木の数・形状、取り付け部材
の多様さ、などが加わりますので、上海は
まだまだ創意工夫の余地があります。
地理的な広がり度合いとしては、中国全
体をみるまでもなく、上海市だけでもまだ
局所的にとどまっています。
←滋賀県野洲市の例(07年1月)
3.日本の都市の景観
それでは、日本の都市の景観を少し確認してみましょう。
大都市では地中化が進み、すっきりした街路が多くなっています。
しかし、地中化は主に幹線道路に限定されており、全体としてはごく一部に
過ぎません。
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先ずは東京の例です。
JR新橋駅と虎ノ門の中間くらいの位置(西新橋)
で、幹線道路から少し裏道に入った所です。
ここは、大東京の中心部の一角ですが、電線が縦
横に力強く張り巡らされています。
←新橋付近(02年4月)
↓

大阪も同様です。
御堂筋からは電線が取り払われていますが、一歩
裏道に入れば、昔懐かしい景色が残っています。
←大阪北新地(01年12月)
↓大阪本町(01年12月)

杜の都、仙台は緑の街路樹に覆われています。
日本の情緒を払拭し、ヨーロッパの都市を想い起
こさせてくれます。
(仙台の風景は
こちら もご参照ください)
しかし、幹線道路を外れれば、まだ日本の情緒
が大切に残されています。
←仙台駅東口付近(03年6月)
↓堺市(02年3月)
4.近江の景観
さて、我が近江の国ではどうでしょうか。
一言で言えば、電線をまとわせた景観の保全に熱心なことは、他府県に劣り
ません。
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ほとんどの道路には電柱が林立してい
ます。近江平野には、至る所に電柱が列
をなしています。
まれに電柱のない道路もありますが、
湖岸道路などの一部にすぎません。
←近江富士を望む県道(07年2月)
↓湖岸道路(07年1月)

結論的に言えば、滋賀県全体としては全国の平均的なレベルのようです。
しかし、地域別には若干の差がみられます。
まず、我が野洲市に隣接する守山市の状況を見てみましょう。
守山市は、電線の地中化を実行するなど、既存景観の保護に揺れがみられま
す。

JR守山駅前の銀座通りの一部を地中
化しました。
←地中化前(97年頃)
(提供:守山市役所)
↓地中化後(07年2月)
←地中化実施域(07年2月)
↓地中化未実施域(07年2月)
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地中化を実施したのは、銀座通りのほぼ半分の400メートルです。
工事完了は平成11年(1999年)で、総工費は10数億円に達したそう
です。現在なら工法の進化でもっと安く実現するかもしれませんが、既成の
市街地に手を加えるのは莫大な手間と費用がかかるものです。
そこで、最初から地中化を実行した一角があります。
琵琶湖大橋の近くに、数年前に作られた住宅団地があります。
団地に近づくと、アメリカの住宅地のような光景が眼に入ってきました。
団地内には電柱も電線もなく、慣れ親しんだ日本の景観が失われているのに
驚きました。
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このような、伝統的な景観を払拭した
住宅地で、日本人は心が安らぐのでしょ
うか。
←団地の遠景(07年2月)
↓団地内(07年2月)
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その点、我が野洲市では安心感があります。
既存景観の維持に徹底しているので、住民に不安を与えません。
JR野洲駅から半径300メートル以内の景観を見てみましょう。
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野洲市には、ここ10年位の間にマンション
が林立しましたが、駅前近辺は変化していませ
ん。
←野洲駅南口前の道路(07年1月)
↓野洲市役所前交差点(07年1月)
←野洲駅北口前の道路(07年1月)
↓
←野洲駅北口付近の道路(07年1月)
↓
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京都や大阪で勤務していた頃、野洲駅の階段を下りると、ああ野洲に帰っ
てきたんだ、という安堵感(!?)に胸がしめつけられたものです(涙)。
私事ながら、私は少年の頃、ランプ生活を送りました。
笛吹き童子や赤同鈴之助などの放送を聞くときは、鉱石ラジオにしがみつい
たものでした。やがて、家の近くに電柱が立ち、電線が家に張られたときの
感激はひとしおでした。
そのような体験をした者にとって、電柱と電線の見当たらない景色を前にす
るのは耐えがたい苦痛です。
最近、胸騒ぎのする光景をみかけました。
野洲駅から徒歩10分余りの場所で、住宅地の造成が進められています。
秀麗な近江富士を間近に望める所です。もしや、この住宅地では電線の地中
化が実行されるのではないか、と心配しました。
しかし、心配は杞憂に終わりました。
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住宅地の一角に、(多分土地の所有者
だった人の)家が建ち始めていました。
そこには、既に、電柱と電線が用意さ
れていました。
←造成中の住宅地(07年1月)
↓入居の始まった住宅
5.景観法について
ここで、景観を守る法令の動きを見てみましょう。
国土交通省は、2003年7月、「
美しい国づくり政策大綱」を公表、
これを受けて、2004年6月には、「景観法」が成立・公布されました。
国土交通省は、政策大綱の中で「..行政の方向を美しい国づくりに向け
て舵を切る..」ことを「襟を正す」という表現で宣言しています。
施策の中には、「電線類の地中化」が挙げられています。
電線類の地中化率について、国土交通省のデータを見てみましょう。

(出所:
http://www.mlit.go.jp/road/road/traffic/chicyuka/
genjo_01.htm)
このデータからも明らかなように、日本は欧米諸国に大きく遅れ、じゃあ
なかった、既存景観に固執するという点で欧米諸国を突き放しています!!
景観法の活用については、詳細は割愛しますが、市町村は景観行政団体に
名乗りを上げ、景観の保全などを推進することができそうです。
例えば、蜘蛛の巣のように電線が張り巡らされた町の景観を売り出す、とい
うような積極的な活動を推進することも一案でしょう。
6.美しい日本を守るために
電線に覆われた情緒豊かな景観は、日本の誇りといえましょう(再び涙)。
この景観を後世にまで残すためには、どうしたらよいのでしょうか。
電線類の地中化推進に対抗し、次のような運動を展開することが望まれます。
1.既存景観を維持している地域、団体などを表彰する制度を設ける
2.電線に覆われた景観を大切にするような情操教育を充実させる
3.蜘蛛の巣のような美しい日本の景観を世界的にPRする(⇒世界遺産
への登録申請を推進しよう)
4.既存景観の変更(市街地での地中化など)のために、多額の税金を投
じさせない
5.経営に苦しむ土木業者を地中化事業で救済するようなことは許さない
6.新しい団地から地中化が始まらないように地方自治体に働きかける
7.地中化の推進を訴える議員、政党には献金しない
8.地中化の推進を公約する議員立候補者は支持しない
9.家屋の新築、改修時に地中化をしたら費用補助をするような条例案、
法令案などが作られないように世論を盛り上げる
10.電力会社などに地中化推進を義務つける条例や法制化は絶対阻止する
7.蜘蛛の巣大賞の授与
優れた景観を維持している地域は、大いに賞賛されるべきでしょう。
カネのかかる電線の地中化などには見向きもせず、先人が積み上げてきた遺
産を頑なに守ろうとする姿勢は敬服に値します。
そこで、新しい表彰制度を立ち上げることにしました。
賞は「蜘蛛の巣大賞」と名付け、第1回の大賞を次のように選定しました。

第1回世界蜘蛛の巣大賞 ⇒ 日本
第1回日本蜘蛛の巣大賞 ⇒ 滋賀県野洲市
(選定要素:・電線の数 ・電柱の装飾度
・地中化未着手率 ・地域のカバー率)
日本蜘蛛の巣大賞は、僭越ながら、筆者の住んでいる野洲市としました。
なぜ野洲市が大賞に値するか、という理由は上に述べた状況から納得いただ
けるものと思います。
世界各国または日本全国で、さらに相応しい地域がありましたら是非ご一
報ください。第2回大賞の選定に反映させていただきます。
8.おわりに
ヨーロッパの都市は昔から石で築かれています。
19世紀以降に電力線や電話線の架線が必要になったとき、なぜ配線を隠そ
うとしたのでしょうか。石の道路や建物に手を加えるには、膨大な時間と費
用がかかったことでしょう。
(もしも、日本全国で電線の地中化を推進するとしても、ヨーロッパ並みに
なるには、半世紀が必要でしょう。)
その挙句が、日本のように素朴な味わいのある景観を失い、昔ながらの景
観に甘んじているのです!! なぜなんでしょうか?
どうやら、価値観の違い、文化の違いに他ならないのかも知れません。
しかし、日本の景観がヨーロッパ並みに後退する心配はありません!
電線類の地中化は、我々国民が意識を変えない限り不可能なのですから。
最後に、守山駅前の景観の変化を眼にしたことがこの記事を書こうと考え
たきっかけのひとつであり、併せて守山市役所のご担当者からお話を拝聴し
たことを記し、感謝申し上げます。
(散策:2001年〜2007年)
(脱稿:2007年02月25日)
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